松田優作
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去年の9、10月ですよね。それも変なきっかけでね。エージェントのKさんという人がいて、実は僕が「人間の証明」をやった時に助監督をやってて、ひっぱたいた事があるんですよね。その後アメリカに渡って、日本映画のいいものを入れたりしてがんばっているんだけど、去年日本に来たときに久しぶりに会って、「家族ゲーム」を見て、あれをアメリカに持っていきたいと。それと同時に、何かジャパンソサエティというところが、日本人新人監督週間というのをやるについて、それも頼まれてきているというものだから、それをある程度僕がピックアップしてあげた。つまり僕としては、日本映画を10日間なら10日間、日替わりで上映して、その中のひとつだと思っていたんですよ、「家族ゲーム」は。そうしたら、そうじゃなくて、「家族ゲーム」だけはちゃんとしたメジャーの小屋にかかって、ニューヨークタイムズのビンセント・キャンディという大変な批評家が、最高傑作だと絶賛してくれた。だから、初日の日に小屋に行ったら、もう長蛇の列で、看板も森田芳光とゴダールが同格で、でっかいやつが掛かってる。それでちょっとびっくりしちゃって、劇場の中へ入ったら、日本人はひとりもいなくて、全部外人で、それが大笑いしてるし、受け方もすごいしね。終わると、向こうの若い監督とか役者とか来て、余裕だね、こっちは。「まぁ、がんばれよ」とか。
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僕はもっともっと内面に向かっていく暴力を、もっと自分の中に噴出してくる、その神経にさわってくるような暴力を、考えていきたいと思っています。
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お前たちは、俺には絶対に勝てない。なぜなら、俺は24時間映画のことを考えているからだ。
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これで、日本の映画状況がどうだのこうだのとか、黒澤明の映画がどうだのこうだのとかいうような、そういうぐずぐず泣いている暇はねえなと。とにかくアメリカで通用することがわかったんだから、俺たちの方法論というのは間違ってなかったんじゃないかということが、監督と二人でわかったということであって、そしたら二人で「家族ゲーム」以上のものを作っていかないとまずいなということで、元気になって帰ってきたんですよ。
いませんね、仲間なんて。先輩でも後輩でも、同じくらいなやつでも、緊張できる関係がいいわけで。
真剣にやっぱり映画に向かってほしいですね。癖ですから、役者の。いつも勝負してるっていうのは。
全部に感性を開いていないと、新しい映画っていうのはできていかない。ありとあらゆるものに関して敏感じゃないと。
ありましたよ。自分の柄とか雰囲気とか、ピストル持って走ったりして、撃つことだけ、カッコよかったりすることだけを工夫してれば、何とか絵は繋がると、そういう時期もありましたからね。そういう、観客に失礼な時期が。だから「太陽にほえろ!」の時は役者じゃなかったんですよ。好きじゃなかったしね、あの映画は。自分のナチュラルな生理から言えば、ほとんど嫌なところだったというか。人間関係とかね、実際に出ている役者さんなんかもね、ほとんど嫌いでしたからね。だから「太陽にほえろ!」に入って5週目ぐらいでもう、ぶっ叩いたりとかね。助監督から、監督から、プロデューサーから役者まで全部。
俺は監督やスタッフにどんどんアイデアを出したよ。ところがことごとく否定しやがるんだ。セリフでくどくど説明しないでもっと沈黙の演技をしたらいいじゃないですか、といっても駄目。犯人を捕まえるときに何でもかんでも手錠をガチャっとかけてラストになるけど、たまには犯人の肩をたたきながらパトカーに乗せてやってもいいじゃないですか。それも駄目。監督の方が脚本を深く読んでいると思えばそりゃ従うよ。しかしとても納得できる説明はないんだ。やつら、無難に番組ができあがることしか頭にねぇんだ。俺の求めている世界とは違う。テレビなんてそんなものさ。
偉そうに言ってしまえば、山崎努の脇役なんかやってられねえよということなんですよ。遊びでゲストっていうのは嫌なんだよね。だから、猫八さんでよかったと思うし。伊丹さんは「家族ゲーム」で一緒で、非常に勘の鋭い人で・・・・。頭はいいんだけどね。その人が監督をするっていうんで、脚本ができたときに読んでくれませんかと言われて読んで、面白かったですよって話して、何かお手伝いが出来ればいいねっていうぐらいの話だったんですよ。だからお手伝いができなかったというだけのことで・・・・。彼のレトリックで文体で撮れば、結局「お葬式」みたいになっちゃうでしょう。俺はあの映画嫌いだから。はっきり言って。だって血が通っていないんだから。魚眼で全体を観ているような目だからね。
俺はまだ発展途上人なんですよ。
肉体を持たないアクションってあってもいいんじゃないか?
ファンほど恐ろしいものはないし、勝手なものはないし、また、ありがたいものはないですね。その時ばっかりに固執して、こっちが抱き込んでいこうとしても、向こうはどんどん変わっていってしまうし、ぼくよりいい人を見たら、そっちへ行っちゃうしね。それを「待て」とも言えないでしょ。こだわってしまうとかえってつまんなくなってしまうんですよ。
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渡さんや原田さんを見てると、何というか越えてるって気がするんですよ。いろんな事全てに関して・・。ストイックに耐えていく作業が、逆に言えば一番闘っている、と・・。何を言われても全部自分の中に飲み込んでしまって、自分がいつ、どこで、それを燃焼させりゃいいかを考えて耐えている。それが、あの人たちの映画に賭ける情熱だ、という気がするんです。実際、渡さんの「仁義の墓場」を見たとき、あの人の中で何かが越えた、と思いましたね。
たとえばアクションならアクションに対してだいぶ間隔がありましたからね。だから時間が経ってやっとやれるなという・・・・・わかります?言ってる意味。アクション映画として最後にやったのは「BJブルース」ですよ。だから「それから」が終わって直ぐ「それから」みたいな映画をやるのは無理ですよ。やっぱり一年くらい必要ですよ。アクション映画に関してはやっぱりすごくありましたから。三年・・・・いや三年じゃきかないな。四、五年くらいね。だからその思いでやれるわけです。充分、時間があったと言える。わかります?言ってる意味。そういうことなんです。
ヤクザは24時間ヤクザだから怖いんだよ。
寺で座禅を組んだんだが、悟りの境地まであと一歩のところまでいった。
先生、例えどんな病気でも、正直に俺に言ってください!でも周りにだけには絶対に言わないでくれ!女房には言わんでください・・・。
直球しか投げられないピッチャーは、ずっと直球を投げ続けていけばいいんだよ。変にカーブを投げようとか、時代に合わせてシュートを投げてみようと思わないで、ずっと速球を投げ続けてみろ。
世間は「松田優作は着々と・・・」なんて言うけど、着々なんて言うのは、そんなもの、目的じゃないもの。家を建てたとか子供が産まれたとか、俺の中ではそういうものは着々でもないしねえ。家とか、家庭とか、着々とか、ないわけでねえ。だって70年しかないんだから、人生って。ただ、ゼロとの落差はつきやすくなったかも知れないね。でも危険度は相変わらずですよ。むしろ増してんじゃないかな?だけど、ま、いつゼロになってもいい覚悟はしているから。転げ落ちるのは全然怖くないよ。だって、物質的に欲しいもの、ないんだから。
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