克服するというより、なんで不自由のある人間が舞台に立つようなところへいっちゃったのか、と思ったくらい。
坂東玉三郎
坂東玉三郎のその他の名言
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本当の核心は無意識の中にあるというか、言葉にするとゆがみが出ると思います。だから、ある意味では、話をするのがめんどうくさい、というところがあるようです。
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父親がネコっかわいがりにして、どうしても病院に入っていなければならない病気の感染期間が過ぎると、うちで治療するからといって、治療器具を買って、病院から出しちゃったんです。とにかくそんなふうで……。
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一人の俳優であり、何らかの大物でも芸術家でもなく、芸術の完璧さの追求には終りがなく、最大の成功は、公演が終わって大きな幕が降りた瞬間、場内の観客の顔に満足の表情が見える時です。
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作ってる方は考え抜いているんだけど、使っている方はその工夫に気づかなかったり、ふとその妙に気づいたりするもの。例えば、絹のくずで作ったごしごしタオルとか。
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雷も恐くて、雷が鳴ると家の中は恐いから外へ出たいという。外に出ると鳴っているので家へ入るという。雷の鳴っている間中、それをやっていたらしいです。
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自分の作品とか批評、写真に対して割と客観的なんですね。だからすごくさめているんですけど、時には自慢ぐらいしなくては生きていかれないと、自分でほめたりしてるんです。
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公には言いませんけど、個人的に、友達とするんですね、「自慢させてね」と前置きして言って、合槌を打ってもらうんです。実際、自分で良いと錯覚するくらい、うまい合槌を打ってくれる人がいい。
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両親は、とにかくぼくが無事に暮らしていけばそれだけでいいと思っていたし、ぼくも無事にしていればいいんだなと考えていたので、何かひとつの仕事をしよう、ということは本当に考えなかったです。
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6歳の時に踊りを始めて、弟子入りして、7歳になって本舞台がありました。子供だからなすがまま、というか、おだてられるがまま。
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すごくあがりますよ。震えがきちゃう、もう。「メディア」の初日の時なんか、前で見てらして、あがってると思いませんでしたか。舞台稽古の時はそれほどでもないんですけれど、お客さんが入ると、もう……。