レオナルド・ダ・ヴィンチ
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老いてからの欠乏を補うのに十分なものを青年時代に獲得しておけ。老年が食物として必要なのは「知恵」である。そのことを知る者は栄養不足にならぬよう、若いうちに努力せよ。
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優れた画家はふたつのものを描く。人と人の心の動きである。
師匠を凌がない弟子は、やくざ者だ。
故郷に帰りたい。あるいは原初の混沌に戻りたいという望みや願いを抱いている。明りに向かう蛾のように、春や夏の再訪を喜びとともに待ち望む人のように。自分の願うことがやってくるのが遅すぎると嘆き、自分の望むことが自分の破滅につながるとも知らず。しかしこの願いこそ、その本質において、人間の体に閉じ込められ、元に戻りたいと願っている元素の霊なのだ。この願いは、その本質において、自然に内在するものである。
ほめれば間違いだし、そしればなお悪い。君がそのことをよく理解していないときには。
2
多くの者が、虚偽の奇跡を教えて、妄想を煽って、蒙昧な大衆を欺いた。
大気のこの青い色は、本当の色ではないはずだ。暖かく湿った空気が蒸発して目に見えない細かい粒子になり、それがふたのように覆っている宇宙の黒い闇の下で太陽の光に照らされて、このような色に輝くのだ。
あらゆるものの部分はそれ自身のうちに全体の性質を保っている。
顔に人間の性格、人間の癖や性質を部分的に示す特徴が見られるというのは真実である。
質素であることは最も素敵なことだ。
鉄は使わなければ錆びる。水は澱んでいれば濁り、寒空には凍ってしまう。ましてや怠惰でいれば気力さえも失われる。
知るだけでは不十分である。活用しなければならない。意思だけでは不十分である。実行しなければならない。
美しいものと醜いものはともにあると互いに引き立て合う。
3
君にはわかるだろうか。視覚こそがこの世界の美しさを包み込むのだ。視覚は天文学の師であり、人間のあらゆる技術を助け、導くものだ。視覚は人間を世界の隅々までおもむかせる。視覚は数学の様々な部門を支配する。視覚による知識は最も確実なものだ。それは星の距離や大きさを測り、星座の要素や性質や運行を発見し、そこから次に起こることを予言できるようになる。視覚は、建築と図面を生み、そして最後に絵画という聖なる芸術を創始した。おお視覚よ、汝は神の最も優れた創造物だ。汝の崇高さにふさわしい、どんな賛美の歌があろうか。どのような人々が、どんな言葉が、汝の達成したことを言い表せることか。
目は魂の窓である。
芸術に決して完成ということはない。途中で見切りをつけたものがあるだけだ。
徳は、生まれると同時に、徳に反対する嫉妬をも生み出す。嫉妬を伴わない徳よりも、影を伴わない物体のほうが先に現れるだろう。
大いなる苦悩なくしては、如何なる完成せる才能もあり得ない。
●そんな小さな空間に、全宇宙の姿を抱えることができるなど誰が信じるだろう。
ちっぽけな確実さは大きな嘘に勝る。
レオナルド・ダ・ヴィンチのすべての名言