羽生善治
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発見と創造。それこそが私が将棋を指し続ける最大のモチベーション。
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最後は直感で判断します。瞬間的にこれが正しいと感じるというのは、要するに、それまでの経験の積み重ねから脳がそう判断したということですから、ああでもない、こうでもないと理屈で考えた結果よりも、よっぽど信頼できます。実際、あとで振り返っても、直感で指した手が間違っていたというケースはあまりないのです。
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勝敗を決定するのは、「ただの一手」であったりする。絶妙の一手。あるいは絶妙に見えて最悪の一手。この一手を見つけるため、棋士はたえず研鑽を積み、盤面に全神経を集中させている。
決まり切った局面で長考して時間を使って疲れるより、勝負どころの場面で、深い集中力を発揮できることが大切。
もちろん勝負に勝つというのも大事なんですけど、そのためにいつも決まり形でやっていたら、そのことで将棋をやっている意味があるのかということに、どうしてもぶつかってしまうんです。誰もがやっている決まりきった道筋で振りきってしまうと、結局、人の来た道をただ辿ってるだけということになります。
1日5時間×365日×10年、練習を続けたら、大抵のの人はプロになれる。
「そんなバカな」と思われることから、創造は生まれる。
時間制限があるからこそ目標に向かって集中できる。
相手のミスがあって、初めて形勢は逆転する。
不利になっても本筋を追求するのが基本的に大事。
いいときは何事もうまくいくので、むしろ悪くなったときにどれだけ頑張れるかがその人の真価。
ミスには2種類あります。1つは「自分が認識できるミス」、もう1つは「認識できないミス」です。正しいことをやっているつもりでも、「後から見れば間違っていた」というケースはよくあります。とすれば、少なくとも今の時点で「ミスに気づいている」ということは、それほど深刻な状況ではない、ということでもある。むしろ、気づかずミスすることの方が怖い。
最初から細かいところにこだわって理詰めで追っていくと、効率が悪い。指し手を読んでいって、この筋はだめだとわかったら、おおもとに立ち返るわけですが、それを繰り返していたのでは、時間と体力の消耗が大きいし、的外れなところにとらわれて考え込むこともあります。それよりも、最初の段階である程度「こういう方向性でいこう」とか「とりあえずはこの手で」というのを決め、ポイントを絞ってそこに集中する。つまり「見切りをつける」ということですが、これまでの経験の積み重ねがあって、それができるようになったのだと自分では思っています。
人間は本当に追い詰められた経験をしなければダメだ。追い詰められた場所にこそ、大きな飛躍があるのだ。
細かく考えすぎたらその場から動けないし、だいたいで動いているだけでは目的地につくことはできない。
新しい戦型は、実戦で試して一度負けないとマスターできない。
実は、将棋では、勝ったケースのほとんどは相手のミスによる勝ちである。本当のことだ。
冷静でいられるか。客観的でいられるか。焦らないでいられるか。
固定観念に縛られてしまうと、未知のものに驚くとか、好奇心が膨らむとかがないので勉強になりません。
独創的な思考や創造的な思考に頭を切り替える時、記憶は足を引っ張ります。
羽生善治のすべての名言