カーリー・フィオリーナ
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いま子供時代を振り返ってみて、期待の力の大きさに初めて気づかされる。ときに重荷と感じることもあったけれど、多くを期待されなかったら、多くをやり遂げることはできなかっただろう。きっと両親は、自分には能力がないとか望まれていないという気持ちをバネに前進してきたのだと思う。だから私も、怖がって立ち止まっていてはいけないことを学んだ。
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分析すべきは、時間なんです。
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何かを犠牲にするには、見返りがなければならない。たとえば、ケーキを我慢すればスリムなボディが手に入るというように。野放図な自由と可能性の追求を諦めるには、相当大きな見返りが必要だった。頑張れば手の届きそうなわくわくするような未来。心から共感できるような大きな獲物。人間は理屈だけでは奮起しない生き物である。最後は心に訴える何かが必要なのだ。
リーダーの仕事は介入することでもなければ、指導することでもなく、先頭に立つことでさえない。ものごとが上手くいっているときは、はっきり言って部下は上司を必要としていない。何かが上手くいかなくなったとき、当事者である彼らには原因がわからず、したがって解決できないとき、初めてリーダーの出番が回ってくる。つまり、リーダーは医師のようなものだ。対症療法をするのではなく、病気の根本原因を見つける。
いつだったか、好きな作曲家は誰かと聞かれて、迷わず「ベートーベン」と答えた。何か悩みがあるとき、私はいつもベートーベンを聴く。「どうしてモーツァルトじゃないの」と聞かれて私は考えた。なかなか鋭い質問だ。モーツァルトの音楽は天使の奏でる天上の音楽だと思う。天才のインスピレーションは感じられるけど、人間の苦悩は感じられない。ベートーベンからは痛ましい苦しみが聞こえてくる。荘厳で雄大で、最後には人間の勝利がある。
人生は選択肢だらけよ。何かを選ぶために何かを捨てなければいけない。でも後悔はしないわ。いつも完璧な選択ができたわけじゃないし、間違いもしてきた。それでも後悔はしないの。
ベストを尽くすことが要求され、ベストを尽くしても失敗する可能性があるとき、それは挑戦になる。そして挑戦すれば、何かが得られる。自分の力を他人に証明するだけではなく、自分自身に証明するチャンスが与えられるのだ。リスクの大きい選択をすれば、自分をより深く知ることができる。そして、共に戦う人のことも。
変化を受け入れるのは、何か新しいことを学ぶようなものだ。新しい仕事、新しいスポーツ、新しい言葉、などなど。最初は大変である。だがやがてコツがつかめてきて、少しずつできるようになり、そうなれば弾みがついてどんどんうまくなる。そして、いつの間にか第二の天性になる。変化の中にはチャンスと可能性が潜んでいる。しかし、そうは受け止められない人も多い。そういう人は、変化を怖がる。拒絶反応を示し、慣れ親しんだものに戻りたくなってしまう。
ビジネスでは結果を出さなければならない。企業で働いたら、事業目標の達成を目指すことが求められる。個人の野心よりそちらを優先しなければならない。たとえ自分の能力不足を認めることになっても、そうしなければならない。
製品をいち早く顧客に届けるにはどうすればいいか。それは簡単だ。開発から顧客までを一本の線で結べばいい。設計、製造、ロジスティックス、営業。途中にあるどの部門が滞っても顧客は不満を感じることになる。だから協力が必要になる。ところが協力や連携といったことは、命令で人を動かすよりずっと難しい。リーダーは協力し合う組織づくりをすべきである。
お金があれば贅沢ができる。それは、確かに楽しい。それに報酬は仕事の実績が認められたことの証でもある。ビジネスの世界で働く以上、結果に見合う報酬を期待するのは当然のことだ。だが仕事に対する情熱や意欲は、お金では買えない。私の場合は、やりがいのある仕事、チャレンジングな仕事でないと心が動かない。
顧客と直接会って話せば、必ず何かを学べる。何か新しい知識が得られる。実際に何が起きているのかを知りたかったら、現場に行かなければ駄目だ。本社から離れれば離れるほど、現場の事実に近づくことができる。
リーダーシップは地位や肩書とは関係がない。価値を生み出せる人、尊敬され信頼される人、協力を引き出せる人は、いつどこにいてもリーダーシップを発揮できる。地位が低くても先頭に立てる人はいくらでもいる。
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ベル・システムに入社して最初に決めなければならないのは、どの部門から始めるかということだった。散々迷った挙句に営業を選んだ。営業から始めるのは良い選択だと誰かが言ってくれた。その会社で扱っている商品について良く知ることができる。商品のことだけでなく、自分自身のこともわかってくる。人とのコミュニケーションの取り方も学べる。いまでは私は、経営トップになろうという人は、一度営業を経験しておくべきだと考えている。
上司からの信頼が部下にとって大きな力になることを、このとき私は学んだ。人間は、誰かが自分の中に可能性を認めてくれれば、自分もそれを伸ばそうとする。自分の能力を買ってくれる人がいる。そのことが、若くて自信のない私をどれほど勇気づけてくれたかわからない。
私に勇気をくれたのは、いつだって社員だった。会社は取締役会のものではなく、創業者一族のものでもない。HPをHPにするのは社員である。私にできるのは、新しいスキルを身につける機会を与え、自信と意欲を持たせるだけだ。彼らにはもっと多くのことができる。潜在能力を引きだせば、必ず改革は成功する。CEOを務めた間に、私は何万通ものメールを社員からもらった。その多くに私は返事を書いた。匿名のメールはたった一通だけであった。批判や不平不満のメールであっても、みんな署名つきで送ってくれた。その誠実さに深く感謝する。HPの遺産を受け継ぎ、未来を築くのは、彼らに他ならない。
両親にとって成功とは、有名になることでも大金持ちになることでもない。知性と人格がすべてだった。人格の面で両親が大切にしたのは正直、誠実、信頼であった。絶対に嘘をついてはいけない。間違ったことをしてはいけない。自分の信念に常に忠実でなければならない。と教えられた。成功とは外側から測るものではなくて、内側から見るものだったのである。その点では絶対に妥協しない二人だった。
「これができない」と部下が言ったら、上司はその原因を考えなければならない。スキルや発想力が足りなければ、具体的にポイントを絞り、別のアプローチを示唆する。他のチャンスを与える。応援を頼むなどの対策を考える。大変だからと避けたがっている場合には、実行計画を見直して効率を上げるか、モチベーションを高める対策も考えるべきだろう。
若い人にアドバイスするときに、私はいつもこう言っている。「次の仕事のことを考えてはダメ。目の前の仕事にベストを尽くしなさい。誰からでも、どんなことでも、学びなさい。自分の力を出し惜しんではいけない。全力を尽くしていれば、必ず誰かがチャンスをくれる。」。
私が成功したといえるとしたら、それは、男性の固定観念を打ち破ろうとしてきたからだと思う。必要なときには断固譲らなかったし、敢然として反対意見を貫いた。彼らと同じ土俵に立ち、彼らにわかる言葉で話した。そして何よりも、行動で私の価値を示そうとした。文句があるなら結果を見てと言いたかった。そうやって女にでもできることを男性に示したいと思ったし、他の女性の進出の機会をつくりたいと思った。
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