三島由紀夫
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女といふものは、自分を莫迦だと知る瞬間に、それがわかるくらい自分は利巧な女だといふ循環論法に陥るのですね。
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日本人は絶対、民主主義を守るために死なん。ぼくはアメリカ人にも言うんだけど、「日本人は民主主義のために死なないよ」と前から言っている。今後もそうだろうと思う。
善意も、無心も、十分人を殺すことのできる刃物である。
三千人と恋愛をした人が、一人と恋愛をした人に比べて、より多くについて知っているとはいえないのが、人生の面白味です。
女の人には、自分で直感的に見た鏡が、いちばん気に入る肖像画なんです。それ以上のものはありませんよ。
無神論も、徹底すれば徹底するほど、唯一神信仰の裏返しにすぎぬ。無気力も、徹底すれば徹底するほど、情熱の裏返しにすぎぬ。
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あらゆる文章は形容詞から古くなっていく。
私を美しいと云つた男はみんな死んぢまつた。だから、今ぢや私はかう考へる。私を美しいと云ふ男は、みんなきつと死ぬんだと。
人間をいちばん残酷にするのは、愛されてゐるといふ意識だよ。
青春の特権といえば、一言をもってすれば無知の特権であろう。
ユーモアと冷静さと、男性的勇気とは、いつも車の両輪のやうに相伴ふもので、ユーモアとは理知のもつともなごやかな形式なのであります。
あまりに永い苦悩は人を愚かにする。苦悩によつて愚かにされた人は、もう歓喜を疑ふことができない。
何を守ればいいんだと。ぼくはね、結局文化だと思うんだ。
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共産社会に階級がないというのは全くの迷信であって、これは巨大なビューロクラシーの社会であります。そしてこの階級制の蟻のごとき社会にならないために我々の社会が戦わなければならんというふうに私は考えるものですが、日本の例をとってみますと、日本にどういうふうに階級があるのか、まずそれを伺いたい。たとえばアメリカなどは民主主義社会とはいいながら、ヨーロッパよりさらに古い、さらに深い階級意識がある国です。というのは、ヨーロッパを真似して成金が階級をつくったのですね。ですからこれはアングロ・サクソンの文化の伝統ですが、クラブというのがありますね。みんなメンバーシップオンリーのクラブで、下のクラブの人が上のクラブをステイタス・シンボルとして、ステイタス・クライマーが上流のクラブへ入るためにあらゆる算段をするわけです。アメリカにはステイタス・シンボルというものが非常にたくさんあります。
経済学の学説なんぞといふものは、どつちみち如意棒のやうなもので、エイッと声をかけて、耳へ入るだけの小ささに変へてしまへばやすやすと握りつぶせるのである。そもそも唯物論は、「金で買へないものは何もない、どんな形の幸福も金で買へる」といふ資本主義的偏見の私生児なのである。感動すまいとする分析家は、感動以上の誤りを犯す場合がままある。
愛するということにかけては、女性こそ専門家で、男性は永遠の素人である。
生きることが難しいなどといふことは何も自慢になどなりはしないのだ。
天才というものは源泉の感情だ。そこまで堀り当てた人が天才だ。
神聖なものほど猥褻だ。だから恋愛より結婚のはうがずつと猥褻だ。
生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。
三島由紀夫のすべての名言