出版の世界にいると、自分を表現したい欲求を持っている人間に触れる機会が多い。その人が、ただの薄っぺらい野心家か、それとも何かを創り出す人かを見分けるのは、たやすい。その人に自己嫌悪があるか、どうか。この視点を持てば、すぐに判別できる。ただの野心家は、自分をひけらかすことに何より喜びを感じ、それに終始する。そこに他者の視点はない。一方、創造者は、自分を表現したい欲求が他者にどう映るかを常に考える。そのため、自己肯定と自己否定を、たえず行き来している。その葛藤が何かを生み出すのだ。
見城徹
見城徹のその他の名言
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仕事にはある程度駆け引きが必要だし、成果を出すためには時に「うそも方便」でもいい。そういう多少の腹黒さはあっていいと思います。
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一番肝心な時に腹黒かったり、嘘をついたり、惰性でしか動けなかったりという人はダメです。根本のところは真っ当にやらないと。
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誰でも、面倒なことは避けたがる。それをあえて行うことにより、凡庸を脱する道が開けるのだ。いばらの道を一歩ずつ進むことでしか、勝利へは近づけない。
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他者への想像力がなく「自分の好きな仕事しかしたくない」と平然と言ったり、惰性で業務をこなし成果を出せない人がいる。そういう人とは仕事をしたくないんです。
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圧倒的努力とは、とても単純である。人が寝ている時に寝ないってこと。人が休んでいる時に休まないってこと。そして、どこから手を付けていいかわからない膨大なものに、手を付け、最後までやり通すことだ。
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「運がよかった」は、謙遜でのみ使うべきだ。断じて他人をこう評するべきではない。その言葉は思考を停止させ、努力を放棄させ、成長を止めてしまう。
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苦しまないところに結果はついてこない。難しい道を選ばない限り、結果なんかない。だからこそ、自分で七転八倒して、自分の勉強法を見つけることに意味がある。