藤沢武夫
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若いときに読んだ夏目漱石の本の中に、日露戦争で国中が大騒ぎしていたときに、大学の地下室でガラスを磨いている学者の話がありました。「三四郎」でしたかな。この話が私の頭にこびりついていたのです。このガラスを磨いているような人が心穏やかに落ち着いて研究ができる環境をつくってあげることが、企業にとって必要なのです。そうしてこそ、技術者の層が厚くなり、企業を守り成長させる商品を生み出してもらえます。
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私は技術屋じゃないから、どっちが正しいか返事はできない。ただ、あなたは技術屋の本田になるのか、社長の本田になるのか聞きたい。こんなことを言うのは初めてだけど、私も言いだすと聞きませんから。そのときはお別れします。
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子供にあんな思いをさせている自分が経営者として情けない。
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どんな能力を持っている人でも、上役に変な人がいて、その上役だけの評価で判定されると芽が出ないものです。だから、いろいろな方向から見てやることが必要です。
私は人間を判断するときには、その人の家庭を見るようになりました。人と人との間を結びつける条件はまず信頼であり、いたわり合いであると思います。その基本は家庭にあるんですね。だから、家庭を大事にしない人、奥さんを大切にしない男は駄目です。
私は戦前から、誰かをとっつかまえて、一緒に組んで自分の思い通りの人生をやってみたいと思っていました。その場合には、私はお金をつくってものを売る。そしてその金は相手の希望しないことには一切使わない。なぜなら、その人を面白くさせなければ仕事はできないに決まっているからです。
株にだって手を出せないわけではないんですが、私はやりません。自分の身の回りはいつもきれいにしている。だから、みんながついてきてくれる。つまり、私が何を言っても安心していられるのは、私の身のきれいさ――それは金の問題に関してですが――それが重要なポイントです。そうすれば、私が苦しむときに、みんなも苦しんでくれるといえます。
順序を変えなければ企業は失敗する。それは、「お客様の喜び」を第一番目にしなければならない筈だ。その喜びがあって初めて「売る喜び」があるはずである。その2つの喜びの報酬として「作る喜び」になるのが順序である。
人生の3分の2、1日の3分の1、これが仕事をしている比率である。「人間に一番たまらない苦痛は何か」と聞かれれば「する仕事のないことだ」と私は答える。する仕事をいっぱい持てる会社に一生勤められれば幸いと言えるかもしれない。
私は手帳とかノートを手にしたことがありません。だから、ほとんど記憶に頼っているわけですが、といっても、私の記憶力が優れているわけではない。苦しみ抜いたこと、考え抜いた挙句のあれこれが、頭の中にこびりついて残っているだけなんです。
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本田宗一郎、藤沢武夫の特長とは何かといえば、ひとことで言って、エキスパートであるということでしょう。面倒見のいい管理者タイプでは決してありません。本能と直感で動きます。こういう人間は、世間一般の組織図で固められた集団の中では生きられないのです。せいぜい出来の悪い管理者になって、才能をすり減らしてしまうのが落ちでしょう。しかし、エキスパートを活かせない限り、ホンダがユニークな企業として発展することはできません。
初代の経営者の役割のひとつは、後継者に経営の元本をしっかりと受け渡すことです。二代目、三代目の経営者は、もちろん優秀な人材であることは間違いない。しかし、彼らが仕事をしやすいように、経営の縦糸を壊さずに伝えるということは、創業者の務めなんです。次代の人が経営しやすいように配慮しなければならないのです。
人間の能力というものは、いろいろあって誰しもオールマイティというわけでなく、それぞれ得意とするものを持っている。だから、社長は社長で、その得意とするものに全力をあげてもらって、あとのことは心配をかけないように、みんなで分担するのです。
正直なところ、この本を私は出してもらいたくなかった。この本はベストセラーになりました。世間に拍手され、ジャーナリズムの取材が殺到すれば、本田だって自分はこれでいいんだと思ってしまう。そうではない、もっとこういうものが必要なんだということを彼に言いにくくなる。極端にいえば、そういう意見を言うことが焼きもちを焼いているようにとられることも、本田技研の成長のためには思わしくない。
本田宗一郎は特別な人間です。だから、彼のような人物を育て上げようとしても無理です。それならば、何人かの人間が集まれば本田宗一郎以上になる、という仕組みをつくりあげなければならないということです。そうしなければ、この企業は人様に迷惑をかけることになる。
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採算に合うか合わないかということより、一番大切なことは、自分たちは何をしてきたかということ。金なんてものはいつかなくなる。
私は最近、自分がいまの時代に遅れているんじゃないかと、寂しく思うときがあります。遅れているとしても、それはもう、どうしようもない遅れなんですね。だから、私より歳をとっている人は、余計そう感じてもいいと思います。
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複数の知恵を集めれば、本田一人よりもプラスになる。本田宗一郎の持っている力よりもレベルの高い判断が生まれる。そういう体制をつくらなければならないのです。これまでのところ、ホンダはそうしてきました。一人の人間に頼らなければできないというものがあってはいけない。
他社がどんどん儲けているときでも、ホンダは便乗しないから儲かりません。その代わり、本物をあくまでも追求するということで、よその経営者と違って、本田宗一郎は、自分の納得できるものだけを求めたのです。
ホンダにコンピューターを入れたのは、日本の自動車会社の中で一番遅かったんじゃないかと思います。なぜかというと、自分たちの能力がまだ未熟のうちにコンピューターを入れてしまうと、人間がコンピューターを頼りにしてしまうからです。コンピューターに何を入力すればいいのかもわからないうちに買ってしまうとそうなります。
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