高橋是清の名言
第20代内閣総理大臣、大蔵大臣
高橋是清の名言。全59個。
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順境は、いつまでも続くものではない。だがな、逆境というのもまた心の持ちようひとつで、これを転じて、いくらでも順境にすることができる。
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栄枯盛衰は、人生の常である。順境はいつまでも続くものではなく、逆境も心の持ちよう一つで、これを転じて順境たらしめることもできる。境遇の順境は、心構え一つでどうにでも変化するものである。
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よい地位にあがったからといって欣喜雀躍するはずもなければ、またその地位がさがったからといって、失望落胆することもない。すべて己を本位とすればこそ、不平も起り失望も起るのだ。
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国家といふものは、自分と離れて別にあるものではない。国家に対して、自己といふもののあるべき筈はない。自己と国家とは一つものである。
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子供の時から今まで、一貫して、どんなつまらない仕事を当てがわれた時にも、その仕事を本位として決して自分に重きを置かなかった。だから、世間に対し、人に対し、仕事に対しても、一度も不平を抱いたことがない。
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私は考えるに、真実の楽天的境地というものは、人事を尽した後でなければ得られるものではない。即ち、事成ればもとより快、成らずともなお快たるを失わない。ここに至って初めて天を楽しむことができると思う。
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どんな苦難に直面しても、常に人生を楽しめと説いたのである。おのれの運を信じ、楽観的に物事を見る。そこから拓ける道がある。
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他人から見てはうらやましがられるような境遇にいる時でも、自分に重きを置くことをしなかったため、特別によろこぶ気も起らない。
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私も今日までには、ずいぶんひどく困った境遇に陥ったことも一度や二度ならずあるのだが、しかも、食うに困るから助けてくださいと、人に頼みにいったことは一度もない。
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経済界の実情、金融界の事情等を検討して、実際に適応する様に遂行すべきことが主で為政者はこの点に常に留意すべきことはいふまでもない。
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言ふまでも無く、如何なる人の生活にも、無駄といふ事は、最も悪い事である。これは個人経済から云へば、物を粗末にする事である。
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もとより財政上緊縮を要するといふ事はあるが、その場合には、なるべく政府の新たなる支出を出来るだけ控目にする事が主眼で無くてはならぬ。
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私が浅い学問浅い経験とを以てこの人類社会を考へるとこの人生には二つの道があるやうに思はれる。その一つは即ち人道教、いま一つを経済教と私は名付ける。
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生産に必要なものは何であるか、今日では先づ四つと云はれて居る。資本が必要である、労働が必要である、経済の能力が必要である、企業心の働きが必要である。
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もっと歳が若くて、先へ行ってご奉公できるというのなら別だが、ワシはもうこの年齢だ。いま、ご奉公しなければするときがない。ワシは最後のご奉公と思って入閣した・・・。
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学問は之を使ってこそ、始めて効用がある。世間の実情を観るに、学問を利用せず、却ってその奴隷となる人が少なくないようである。
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倹約といふ事も詮じ詰れば、物を粗末にしないと云ふ事に過ぎない。しかしながら、如何に倹約がよいからと云つて、今日産業の力を減退させるやうな手段を取る事は好ましからぬ事だ。
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自主的の準備とは、我が国の国際貨借の関係に於て、支払いの立場に立たぬやう、国内の産業、海運その他の事業の基礎を確立する事である。
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経済の問題は申す迄もなく非常に複雑したものであります。何か一つの極まつた問題に就て具体的に御話しやうと云ふのには事実に就て御話をせねばならぬのである。
高橋是清と名言が類似する人物
高橋是清について
高橋是清は明治から昭和にかけて活躍した日本の政治家。第20代内閣総理大臣。江戸の絵師の家に生まれ、仙台藩の下級武士だった高橋家に養子にだされた。藩命でアメリカに留学し、帰国後は文部省に入省その後農商務省を経て日本銀行に入行。日本銀行総裁を務めたのちに第一次山本内閣の大蔵大臣に就任し、政治家に転身する。大蔵大臣として昭和恐慌から日本経済を回復させるなど、財政に精通する政治家として知られた。さらに特許や商標など、日本の産業財産権制度の生みの親と言われる。大蔵大臣だった1936年に軍事費の削減を巡って軍部と対立し、2・26事件で殺害される。