松岡修造
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正直に言えば、僕は「マンネリ」という感覚があまりよくわからないんです。同じ仕事をするにしても、前にその仕事をしたときより自分自身は進化していますよね。同じ人へのインタビューでも、同じものを食べるにしても、自分が変われば、見え方、捉え方も変わるはずです。あるいは、前回失敗してしまったとしたら、今度はその反省を踏まえて、より良いパフォーマンスを出すチャンスが得られる、と考えます。そう考えれば「またか」「同じことでつまらない」なんて感じることはまったくありません。
一時的とはいえ、テニスより麻雀という遊びを選んでしまった。いま思えば1つの挫折でしたよね。「ああ、自分は弱いんだな」って。それで、もっと厳しい環境に身を置こうと、思い切って、慶應高校からテニスの名門・柳川高校へ転校したんです。弱い自分を鍛え直すには、厳しい環境に自分を置くしかない。だからテニスの厳しい柳川に行くしかないと。
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崖っぷちありがとう!最高だ!
ものごとが上手くいかないと、どうしても自分に対する怒りの感情が生まれてきます。そんなとき思い切って怒りを爆発させると、膨張していたマイナスの感情が消えて、スッキリすることが僕にはよくあります。スッキリすると、次に何をすればいいかがクリアに見えてきて、結果的に落ち込んだ気持ちを早く明るくすることもできます。
わがままではなく、あるがままに。
最高のパフォーマンスは必ずしも全力投球からは生まれません。
心を支えるテクニックとして、僕は20年以上前から起床時と就寝前に、鏡の前に立って、やるべきことを自分に言い聞かせています。毎日、反復することで、体に染みついていく。
眉間にしわを寄せていたところで、悪い状況がよくなるわけではない。むしろ、「これを乗り切れば、またひとつ上のステージに行ける!」と明るく危機を受け止める姿勢が必要です。思い通りにならないときでも、そこでしか学べないものはあると思います。
高校に進んだら、中学3年のときに覚えた麻雀にハマってしまったんです。テニスはそれまで勝っていた選手にも負けるようになっていって……。だって、学校の授業が終わると仲間と卓を囲み、休日もラケットを持って「行ってきます」と家を出て、友達の家で麻雀三昧でした。そんな時期が2~3か月ぐらい続いたのかな。指先を見ると、テニスでできたマメが消えて、麻雀ダコができていて。ただ、「俺はテニスと麻雀のどっちを選ぶんだ」と考えたときがあって、テニスから離れていたので、それまで以上に「テニスが好きなんだ」ということを強く実感したんです。
本は僕にとって友達です。
人は誰でも、挫折や失敗を繰り返すうちに、以前はできなかったことが少しずつできるようになっていきます。そうした過去の失敗があるからこそ、次に同じような事態になったとき正しい方法を選べるし、人にもアドバイスできるのではないかなと思います。
そうだ、僕は、心から本当にテニスが大好きなんだ!
僕はテニスの才能があると思ったことは一度もないし、テレビのキャスターや講演会といった今の仕事も、全く自信はありません。だからこそ、必死になって勝つための準備をするのです。
体力が落ちたり、疲れやすくなったりする人は、年齢的な要因もあるかもしれませんが、若い頃に比べて運動する機会が減っていることが大きな理由だと思います。その証拠に、トライアスロンを趣味にしている年配の方は、僕よりもよほど体力がありますからね。
僕は、「一所懸命」が大事だと思っているので、目の前のことに命を懸けながら生きてきました。
挫折や敗北の受け止め方は、自分の心次第で変わる。捉え方によって自ら変えることができる。
子供の才能を伸ばすには「いいね」「上手いね」「すごいね」と長所を見つけて褒めることだとよく言われます。これは大人にも当てはまることです。
病気をしてから覚えた僕流の治療法は、笑うことです。退院してすぐは、ほんの1分ボールを打っただけでヘトヘトになりましたが、それでもとにかく笑うようにしていると、不思議と段々疲れなくなっていきました。笑いが免疫系にプラスに作用したのだと思います。
悔しがればいい、泣けばいい、喜べばいい。それが人間だ!
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自分の意思を持つことの大切さを学んだのは、18歳で米国に渡り、プロを目指した経験が大きかったですね。日本ではすでに高校総体でシングル、ダブルス、団体で三冠を達成し、名が知られていましたから、何をするにしてもすべてがお膳立てされた状態でした。ところが米国では、自分から「こうしたい」と言わないかぎり、誰も何もしてくれません。テニスで強くなるためには、自分の考えをしっかりと持ち、自分を表現できなければならなかったのです。
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