井村雅代
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すごく温厚になってね、丁寧になりました。10歳トシをとって、それはもう、丁寧になりました。それはなぜかといえば、コトバが通じない国に行っていたから。
開催国の中国が強くなったら日本のシンクロの素晴らしさをアピールできる。
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一番大事なものは、何ものも恐れない攻める気持ち。
私は、選手一人ひとりの人生をあずかっているという気持ちで指導してきました。上司の方あるいは経営者であっても、目の前の部下や社員の人生をあずかっているという気持ちで向き合ってみてはいかがでしょうか。そうすれば、人間と人間の付き合いができます。部下を叱る時でも、その人を少しでもよくしたい、成長させたいという愛情を含んだ叱り方になると思います。
うまくいかなかったときは、人のせいにしないで、まずは自分の中に理由を見つけなさい。言い訳とか人のせいにしないで、自分で理由を見つけて解決してけばいい。
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上手い子供が贔屓されるのは当たり前。悔しければ、贔屓されるくらいの子に育てなさい。
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日本と中国が世界一を争う姿それが一番望むところです。
私自身は大したことない選手だったんですわ。このときは先輩4人がうまい人ばっかりだったから。
私が浜寺に入ったのは小学校4年生のとき。水練学校といっても、プールがあるわけじゃない。海でひたすら遠泳です。
温厚になったね。
自分にしかできないことをひとつひとつやれば、絶対よくなるんです。
泣いて上手になるんやったら、私が代わっていくらでも泣いたげる。泣いてもその分疲れるだけやで!
案の定、次の年に先輩たちがやめたら優勝を逃して、その後は負け続け。あのとき、再び勝つまではシンクロをやめられないと思ったんです。負けっぱなしでやめるのは嫌だった。
叱るとは、あなたはすばらしい人間だと教えること。
勝ちたい気持ちがあるけれど、彼女たちにはそれが実を結んだ経験がない。どこでもいいから、勝たせてあげたい。
一流選手だからといって、身体的な才能に恵まれているとは限りません。身体的な才能はどうにかなるんです。たとえ足や手が短くても、短く見えないようにする方法はいくらでもあります。それよりも大事なのは、何か壁にぶつかったときに諦めずもっと頑張ろうと素直に思える「心の才能」。これがなかったら、一流になることはまず無理です。シンクロに限らず、ほかの競技でも同じだと思います。
不運は考えても無駄。不運なときはこれはどん底やスタート地点やと思って、今よりも一歩前に出る方法を考えるようにします。
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24歳のとき、大学を卒業して中学校の教師になって1年目にようやく優勝できた。目標を達成したから、すっぱり選手をやめたんです。
本気で向き合っていけば、必ず通じます。
若者気質も時代も変わっている。育ち方も教育も変わってないから、日本語が満足に伝わらないの。
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