栗山英樹
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監督一年目の最初の日に僕が行なったのが、「監督としてこれだけは守る」という自分との約束をまとめることでした。一例を挙げると、「絶対に選手たちに嘘はつかない」「言ったことはすべてやり尽くす」といったものがあります。これをシーズン中に何回も読み直しました。一年間、何とかブレずにやることができたとしたら、この「自分との約束」の存在は大きいですね。
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20年間現場を離れて、スポーツジャーナリストとしてメディアの世界に身を置いていたからこそ、いまプラスになっていることもあります。マスメディアは、マジョリティが知りたいと思っているテーマを取り上げて、人々に伝えるのが役割です。それと同時に、マイノリティな意見や出来事にも意識を向けることが求められます。こういう場では、「俺が俺が」と、自分が表現したいことやいいたいことばかりを押し出していると、人々の思いや欲求をつかみ取るのが困難になります。ですから僕は、取材をするときには、視聴者や読者が知りたいことを念頭に置きつつ、選手の考えや生き様をわかりやすく魅力的に伝えるために、自分はたんなる媒体に徹することを心がけていました。
「チームを崩す」ことによって、これまでは出場機会に恵まれなかった選手たちは「今度はチャンスがあるかもしれない」と頑張ることができますし、出場していた選手たちには緊張感が生まれ、「次も絶対ではない」と努力し続けるようになり、結果的に個々の能力が高まる。個人もチームも進化し続けないと意味がないですからね。
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選手の性格や精神状態を踏まえたうえで、どんな態度で接するか、言葉がけをするかを考えます。人によって、褒めたほうがいい、叱ったほうがいいなど違いがあるうえ、同じ人でも立場や状況によっても変わってきます。一概に、どうすることが正解というのがないので、よく見ることが大切なのです。
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監督と選手の関係を、会社に置き換えれば、上司と部下の関係になるでしょうが、僕にだって「部下から評価されたい」という思いはあります。でも、その気持ちが強くなりすぎると、部下から評価してもらうために自分の振る舞いを変えるようになります。これでは、行動にブレが生じます。監督としての僕に求められているのは、「チームと選手を成長させ、そして優勝すること」です。そのために、自分ができることをやり尽くすのが役割です。だったら、「自分は選手からどう評価されているんだろうか」という思いは、邪魔になるのです。
心がけているのは、「自分の考えが正しい」とは絶対に思わないこと。「これがその選手のためになる」と思ったとしても、もしかしたらその考えは監督の独り善がりかもしれません。そうして他人の意見にも素直に耳を傾け、そのうえで「これで本当にいいのだろうか」と、自分自身に深く問いかけてから結論を出すようにしています。
一度どん底を経験させることで、悔しさの中からもっとがむしゃらに自分と向き合う機会を与えようと思った。そのときの決断は本当に悩みました。もちろんシーズンの個人成績も大切。でも最終的に「将来のことを考えたら、そのほうが遥輝のためになるはずだ」と考え、決断した。
監督は選手の「気づかせ屋」だと思っています。選手をよく見ていれば、その選手が進もうとしている道が見えてきます。でもその道が、正しい道とは限りません。たとえば、タイプ的にホームランバッターではないのに、ホームランに憧れて長打力を磨こうとする選手がいます。でも「違う道のほうが、彼は輝くことができる」と判断したときには、その道を示し、気づかせてあげるようにしています。そして、本人がそれに気づくのを待ってあげることも監督としての大切な仕事です。
ピンチヒッターを送り出す場面でも、「ここはお前しかいない。お前なら絶対にできる。頼むぞ」と監督からいわれて打席に立つのと、「ほかに選手がいないから、しょうがないな」といわれて打席に立つのとでは、選手は当然前者のほうが力を発揮するでしょう。だったら監督は、選手を信じて打席に送り出すべきなのです。
今は、もう来シーズンのことしか考えていません。今年と同じやり方では絶対勝てない。いったんチームをひっくり返して、まったく違う形をこう、どうやったらできるんだろうかと……。
選手が活躍できないのは、監督である俺が悪いから。
選手が全力を出し切る環境を整えたとしても、結果が出ない場合もあります。しかし、全力を出せる機会を与えられたのに結果が出なければ、選手は人のせいにできませんから、自分に何が足りないかを本気で考えるようになります。それが成長のきっかけになります。
外国人選手に対しては、日本語のような発音の英語で、積極的に話しかけるようにしています。僕は以前、大リーグでプレーしている日本人選手を取材したときに、言葉も文化も違う環境で暮らすことの大変さを痛感しました。だから外国人選手には、できるかぎり野球がやりやすい環境を整えてあげたいのです。
選手を育てるのは監督の仕事ですが、しかし結局のところ、その選手が伸びるかどうかは本人次第です。人は育つときには、自分の力で育っていくはずです。ただ僕にできるのは、「彼なら伸びる」と信じて、活躍できる環境をつくってあげるだけだと思っています。
今シーズンのような展開を「もう一度」と言われても、僕が生きている間にはもう無理でしょうね。シーズン中に、よく「野球の神様が……」っていう表現を使いましたけど、いろんな物事が一つでも足りなければ、日本一どころか、リーグ優勝もできなかったでしょうから。
レギュラーがケガするのはすごく痛い。でも、違う選手がチャンスを得られる可能性がある。そこで成長すれば、レギュラーが戻ってきたときにはプラスアルファが生まれている。
わざと下手な英語を使うのには意味があります。そうすることで、一生懸命さが伝わり、相手は聴き取ろうと真剣に話を聞いてくれるからです。気持ちや熱意は、ちょっとした工夫でより伝わると思います。
プロ野球において、打率とか打点とか防御率とか……もちろん個人の数字は大切。でも、それを一番にしていたら強いチームは作れない。勝てるチームを作るために何をしたらいいのか考え、皆が同じ方向を向いて動くことが、継続的に強いチームを作る。
監督就任時、もちろん不安はありました。とくに頭をよぎったのは、「実績のない自分が監督になったときに、はたして選手はついてきてくれるだろうか」ということでした。でも僕は、「そういうことは考えてはいけない」と思うことにしたんです。僕はただ選手を信じ、選手とチームの成長を願うだけ。選手のほうが僕をどう評価するかについては、いっさい考えない。いわば「片思いの一方通行の関係」にしようと思ったんです。
指導者にとって大事なのは、選手と一緒にどれだけ成長していけるか。僕もまだ全然ダメだから、成長しないといけない。それは伸びしろがあるということ。選手と一緒に成長していければ、当然チームはよくなる。選手は試合で経験しながら成長できるけれど、我々は試合に出られない。選手の10倍は努力しないと、選手と一緒に成長できない。
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