私には、理想とするサッカーはない。「こういうチーム」と決めてしまうとそれ以上のチームにはならないからだ。完璧と言えるチームはないと思っているし、起こりうる状況の中で常に前進して行くだけだ。
イビチャ・オシム
イビチャ・オシムのその他の名言
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人間的にポジティブで信頼され、チームの方向性を示すのが、本物のリーダである。そして、そのリーダーは、チームによって選ばれなければならない。
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日本人はシステム論議が好きらしいが、システムは保証でしかないことを理解したほうがいい。システムの奴隷になってはいけないのだ。
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心臓に悪いので見なかった。私はここでは死にたくない。故郷のサラエボで死にたい。…それに、私がPK戦を見ていると勝てないというジンクスがあるんだ。
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結局、オランダは決勝まで進んだ。彼らは、相手を破壊するような汚いサッカーをすることもできる。オランダは、すべてを知っているチームだったのだ。
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自分がそうではないのに、選手にだけ100パーセントを要求することはできない。ただし、私は少々長生きしすぎたので、自分の経験を自分の息子たちだけでなく、他の子供たちにも伝えたい。
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もしパラグアイに勝ちベスト8に進んでいたならば、日本のサッカーは、世界的ステイタスを手にして一歩前進どころか、2キロ先に前進していただろう。
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日本中の何百万人が、代表監督を一度はやってみたいと思っているだろうが、責任あるプロとして、楽しいことよりは苦しいことの方が多い。代表監督を要請されたことは名誉に思うが、割に合う仕事ではないのだ。
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全てが偶然だけなら、サッカーに監督は必要ない。だが、偶然についてもいろいろ哲学することできる。どんな偶然も、自分たちがサポートすることによって、幸運を自分たちのほうに引っ張ることができる。
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日本は監督の輸出国を目指すべきだし、選手より、監督に「海外組」が現れる方がよほど私はうれしい。日本サッカーが本物になった証しにもなる。