佐藤可士和
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ブランディングは、社会の中でどういう位置でどの程度の面積を占めているか、その領域をはっきりさせる作業。
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物事を考えるとき、否定的な面ばかりが目について、ポジティブな発想が浮かんでこないという経験はないでしょうか。しかし、同じものを見ていても、見方を変えることで、マイナスをプラスに転じさせることは可能です。たとえば「地味」「インパクトに欠ける」というイメージも、視点を変えれば「品がある」「安定感がある」というプラスのイメージで捉えることができる。このように逆の視点から物事をみると、思考の行き詰りを防げます。
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「感じる」という言葉が多いな……。それに気づいたのは、釣り具メーカーとして世界トップシェアを持つ、ダイワ精工からブランディングの依頼を受け、半年経った頃でした。その間、数か月はずっとヒアリングをし続けていました。最初は気づかなかったんです。しかし社員の方々の声を何十、何百と並べることでそれが見えてきた。「手元の感覚が」「あの感触が」なんて、これまでおつき合いしてきたどのクライアントでも一度も聞かなかった言葉でした。会社の存在意義、いわば本質がそこにあると見極められた瞬間でした。
物事を客観的、あるいは俯瞰的に見つめてこそ、いままで気がつかなかった真実や大事なエッセンスを発見できるのです。
環境や思考を整理することはよいデザイン、いい仕事に繋がる。もっとも、子供ができてからは、ちょっとくらい散らかっても許せるようになりましたが。
とにかく相手がやりたいことを聞こう。上手く表現できない人の言いたいこと、やりたいことをカタチにしていこうと思ったんです。答えは相手にあるから僕自身のアイデアがなくなるんじゃないかという恐怖心から解放されました。
いま、世の中で起きている問題のほとんどがコミュニケーション障害だと言ってもおかしくない。こちらの考えていることが相手に上手く伝わっていないから、いろんな問題が起こる。素晴らしい技術があるのに売れない、いいと思ってもらえないというのも、実はコミュニケーションの問題です。
僕の職業はアートディレクターです。仕事は、モノやコトや場所などあらゆる対象を「デザインする」こと。しかし最初は図面も書かず、マウスを動かすこともない。地道なクライアントへのヒアリングから始めます。いわば、デザインを導くための「問診」ですね。社長や責任者はもちろん、現場で多くの社員の方々に話を聞く。「会社の特徴は?」「どんな製品ですか?」「何が優れているのですか?」。アーティスティックでも感覚的でもない。デザインって、実に地道で地味な地点からスタートする論理的なものなのです。
半分は依頼するクライアントの視点、半分は消費者や一般的に企業を見ている外部の人の視点を持つことが必要。
仕事は依頼を受けて、クライアントの経営者や現場の責任者の方とじっくりと打ち合わせをすることがほとんどです。独立する前の博報堂時代は競合コンペをやることもありましたが、いまはほとんどやっていません。もともと競合コンペはあまり好きではありませんし、僕のような仕事のスタイルの人間には向かない形式だと思います。
デザインの仕事を始めたころは、自分がイメージをひねり出して、相手にハメ込む。そのために相手を説得する、みたいなことをやっていた。でもそれだと、なかなかうまくいかなかった。それが変わったのが、ホンダのステップワゴンの仕事をしたときです。あのクルマにはホンダが社運をかけていて、年間何十億円という広告予算が組まれていました。とてもじゃないけど、自分のものなんて思えない。当たり前なんですけど「よくよく考えたら、このクルマはホンダのものだ」。そう思ったら肩の力が抜けて、素直に商品が見えるようになりました。
僕は2年前からカバンはもたず、手ブラで外出しています。たとえば手帳やデジカメは、携帯電話のスケジュール機能やカメラ機能で代用できるし、名刺はその日に必要な枚数だけポケットに入れればいいので、名刺入れもいらない。財布も、最低限必要なカード類と紙幣は小さなカードケースに収まります。このように惰性で持ち歩いているものをカバンから取り除けば、手ブラは無理でも荷物は3分の1に減る。荷物が減れば、気持ちもグッと軽快になります。
デザインはビジョンを設計すること。企業が将来こんな存在になりたい、こんなことをしたいという抽象的なものを、見える形にする作業。
僕は問診という言葉を使っていますが、デザイン制作をする前に、「相手が考えていることは何か」「どういった形のコミュニケーションを望んでいるか」といった本質を知りたいのです。僕の場合、問診をして、かなり深いところまで触れて初めてデザイン制作が可能になります。
整理とは快適に生きるための本質的な方法論。捨てる勇気が価値観を研ぎ澄まし本当に大切なものを導き出す。
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聞く作業には集中力を使うし、正直疲れます。でも、表面的な言葉だけでなく、相手の意識の部分まで踏み込んで、とにかくすべての情報を集めたい。それを全部並べて、優先順位を付けていくと、相手の中のブレない部分が見つかります。難しい作業ですが、ある視点を見つけられた瞬間は本当にうれしいです。
「その場」を包む空気はとても重要です。打ち合わせ場所の環境は決定に何らかの影響を与えていると思います。たとえば、恋人に告白する際、感じのいいレストランを予約したりするでしょう。それは感覚的にその場にふさわしく、相手や用事に合わせて選ぶからですよね。ビジネスシーンでは、皆さん、そういったことはあまり考えないかもしれないけれど、会議や打ち合わせも同じ。人間ですから環境の影響を受けるはずなんですよ。
うまくいった仕事を振り返ってみると、「あの打ち合わせの5分が決め手だった」と気づくことがあります。それが「小さな奇跡」です。物事が決まっていく過程にはいろんな奇跡的要因が重なっています。どんな会社もプロジェクトも商品も「その場にどんな人がいて何を言ったか」の集積でできあがっているのです。
僕は遊びでも何でも気になったものはいつもとことんまで追求しています。掘り始めたら鉱脈に突き当たるまで徹底して掘る。そこまでやれば自分のプラスとなるリターンが大きいからです。むしろ途中で掘ることをやめてしまったらそれまでの時間がもったいない。
競合コンペだとどうしても、オリエンテーションで渡される表面的なスペック情報だけでデザインを考えることになってしまいがちなので、アウトプットは条件だけを当てはめたあたりさわりのないものになってしまいます。僕はスペックの背後にある本質的な部分が知りたいのです。
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